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二回、2点適時二塁打を放った横浜の主将・阿部葉太(左)=2024年11月25日、神宮球場、大坂尚子撮影
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 (25日、明治神宮野球大会・高校の部決勝 横浜4―3広島商)

 横浜の主将、阿部葉太は果敢に攻めた。2点リードの二回1死一、二塁。「進塁打じゃなくて、自分が1本出さないと」。高めの変化球をたたいて左中間への2点二塁打に。この得点が最後まで効いた。

 チームは夏の神奈川大会で2年連続準優勝。1年夏から主力だった阿部葉は、プレーや言葉で引っ張るだけでは足りないと感じた。「何かを変えないといけない」。普段の練習から1球1球丁寧に扱い、最後のグラウンド整備まで手を抜かない。当たり前のことをやりきる姿勢を浸透させていった。「最後までやろうぜ」。これが、いつの間にか合言葉になった。

 勝利への執念がにじむ姿は「(集大成を迎える)夏のチームみたいに見える」と村田浩明監督に言われるまでになった。その結果が松坂大輔(元西武ライオンズなど)を擁した97年以来の優勝に結びついた。

 当時は春夏の甲子園を制し、国体まで無敗で終えた。現チームはこれで公式戦15連勝。「この先も一戦必勝で戦っていきたい」と阿部葉。先輩たちの大きな背中を追い続ける。(大坂尚子)

見せた「広商野球」

 広島商の主将、西村は「あと1本が出なかった」と悔いた。三回以降は堅守で無失点と粘り、七回は敵失で出塁した三田が二盗で好機を広げて2得点。九回は内野安打に犠打を絡めて一打同点の場面に持ち込んだ。春夏計7度の甲子園大会優勝を誇る伝統校。東海大札幌との準々決勝で見せたスクイズと3盗塁など、機動力と小技でかき回す「広商野球」は、神宮にたしかな足跡を残した。

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